2025.04.21
都会の喧騒を離れ、山のふもとで静かに、力強く暮らす人がいる。群馬県東吾妻町で「いわびつファーム」を営む新井友和さんは、かつて半導体工場で働いていた会社員だった。
東日本大震災の数年後、30代にして新規就農の道を選び、自らの手でイチゴを育て、届ける暮らしを始めた。
農業、狩猟、そして岩櫃山への登山──自然とともにある日々のなかで、自分らしく生きることの意味を問い続けている。
修行を経て独立し、今では地域とつながる農業の形を模索する新井さんに、その想いと展望を聞いた。タイトルは彼の姿勢そのもの、「この山のふもとで生きていく」
(新:新井友和 イ:インタビュア)
イ:「新井さんが新規就農されたのは、いつ頃でしょうか?」
新:「もう10年近くになりますね。震災の翌々年、2013年だったと思います」
イ:「30代に入ってからのチャレンジだったんですね。それまでは、どのようなお仕事を?」
新:「主に半導体の工場に勤めていました。他にもいくつかの工場で働いた経験があります」
イ:「そこから農業へというのは、大きな転換ですね。何かきっかけが?」
新:「いろいろと考えた末に、自分の手で何かをつくって届けたいと思ったんです。食べ物を育てて、自分の名前でお客さんに届けるという仕事に魅力を感じました」
イ:「最初は何から始めたのでしょう?」
新:「イチゴの栽培に取り組みました。吾妻地域は谷が多く、広い畑を持てないので、大規模農業には不向きなんです。ですがイチゴなら、少ない面積でも収益が見込めますし、時間の自由も利く。自分にとって理想的なスタートでした」
イ:「初期費用もかなりかかったのでは?」
新:「ハウスの建設などで、2000万円ほどかかりました。補助金と借入でなんとかやりくりしました」
イ:「いちご農家になるために、修行のようなことは?」
新:「三年間、農家さんのところで修行させてもらいました。給料もいただけて、生活は安定していました」
イ:「その農家さんとは今でも交流があるのですか?」
新:「はい。販路の作り方や栽培のノウハウなど、たくさんのことを教えていただきました。今は自分で販路も確保できるようになっています」
イ:「独立してから、すぐに順調にいったのでしょうか?」
新:「最初の数年は本当に順調でした。でも、今のほうが難しいですね」
イ:「どういうことですか?」
新:「イチゴ農家が増えて、競争が激しくなったんです。しかも始めた当時よりもコストが上がっていて、利益が減ってきています」
イ:「群馬県内でも確かにイチゴ農家が増えましたよね」
新:「そうですね。ブランド化しやすいし、観光とセットにしたビジネスができるので、始める方が増えたんだと思います」
イ:「イチゴ以外にも何か育てているのですか?」
新:「トウモロコシもやっていました。直売しやすくて値もいいのですが、日持ちしないのがネックです」
イ:「始めた当初のご苦労は?」
新:「正直、修行期間があったおかげで大きな苦労はありませんでした」
イ:「やりがいを感じるのはどんなときですか?」
新:「自由な時間を持てることですね。釣りに行けるのが何よりの楽しみです」
イ:「農業は大変な仕事というイメージもありますが、実際はいかがですか?」
新:「確かに農繁期は忙しいです。でも、それ以外の時期は比較的自由に動けます。収穫のタイミングもある程度コントロールできますし、自分で働き方を組み立てられるのが魅力です」
イ:「コロナ禍の影響も大きかったのでは?」
新:「はい。観光客が減って販売先が減少しましたし、イチゴ農家が増えたことにより近場で買える場所も増えました。全体的に需要が分散された印象です」
イ:「農業をされながら、猟師もされていたんですよね?」
新:「今はやってはいませんが、少し前に罠猟をやっていました。山が好きなんです。今は釣りがメインですが、当時は獣害対策としても猟は意味があると思っていました」
イ:「山への思いは、昔から?」
新:「はい。大学時代は埼玉や高崎に住んでいましたが、やっぱり山が近い暮らしが落ち着くんです。自然のある場所が好きですね」
イ:「お休みの日に都会に出かけたりすることは?」
新:「ほとんどありません。人混みが苦手で、並ぶのも嫌いなんです。自分のペースで過ごすのが一番合っています」
イ:「農業と自然の生活がぴったり合っているんですね」
新:「はい。今は自由に、自分らしく生きている感じがしています」
イ:「今後の展望について教えてください」
新:「もっと地域に根ざした農業を続けていきたいと思っています。いまはイチゴを中心にやっていますが、直売や体験を通じて、町とのつながりを感じられるような取り組みもしていきたいですね」
イ:「最後に、東吾妻町の魅力を教えていただけますか?」
新:「やはり自然ですね。特に岩櫃山は一番好きな場所です。『いわびつファーム』という名前もそこから来ています」
イ:「登山もされているんですよね?」
新:「はい。今年だけでも20回以上登っています。週1回のペースで登っていて、まるでジムみたいな感覚です」
イ:「すごいですね。忍者みたいです」
新:「修験者みたいって言われたこともあります(笑)。でも本当に、岩櫃山は四季折々の表情があって、登るたびに新しい発見があるんです」
イ:「どの季節が特にお気に入りですか?」
新:「春の新緑は息を呑むほど美しいし、夏は涼しい風が気持ちいい。秋は紅葉が見事で、冬は落ち葉の中で静けさを感じられる。落ち葉の上で寝転がるのも、ちょっとした贅沢なんですよ」
情報
【 いわびつファーム】
<住所> 群馬県 吾妻郡東吾妻町三島3426
<電話> 080-4689-5059
<YouTube>https://www.youtube.com/watch?v=TB2vmR6P3oI
<Instagram>https://www.instagram.com/iwabitsu_farm385/